CoccoのRainingって、何について歌っているんだと思いますか?
まあ、解釈は人それぞれだと思うんですけど、私はRainingを聴くと「夏の葬列」という物語を思い出すんです。
Rainingの歌詞に出てくる「白い服」とか「行列」というワードが、「夏の葬列」と凄くかぶるんです。

夏の葬列のあらすじ

「夏の葬列」という話は、確か小学校5〜6年生の時の国語の教科書に載っていた話で、戦争の頃の話なんです。
今思えば、教科書に載っているくらいだから凄く短い文章だったと思うんだけど、人間なら誰でも感じたことのあるような罪悪感を刺激される物語が、強烈に心に残っているんです。

以下、簡単なあらすじです。
(夏の葬列を読んだのって、もう25年くらい前の話になるので内容はかなり間違ってると思う。)

主人公の男が幼かった頃は、まだ戦争中でした。
都会に住んでいた主人公は、1人で田舎の親戚の家に疎開していました。
その主人公が大人になり、仕事の出張で久しぶりに疎開していた田舎へ戻って来ました。

主人公には疎開先で仲良くしていたヒロコさんという、年上の女の子がいました。
ヒロコさんはよく主人公の面倒を見てくれていました。
ある日、いつもの様にヒロコさんと麦畑(じゃないかも)で遊んでいると、突然、米軍の戦闘機がやって来ました。

(この部分、私の中では「禁じられた遊び」の最初の空襲の場面のイメージです。)

主人公は急いで畑の中に隠れるます。
それと同時に「そういや今日のヒロコさん、真っ白のワンピース着てて超目立つじゃん!やっべ、ヒロコさんコッチ来たら狙われるじゃん。来るなよ!来るなよ!」みたいな感じで、ヒロコさん来ないで〜と思いながら畑に隠れます。
しかし、ヒロコさんは「○○くん大丈夫!?私が守ってあげるわ〜」的な感じで主人公の方へ駆け寄って来てしまいます。
そして、主人公は「いや、まじ来んなって!!」と思いながら、駆け寄って来たヒロコさんを、無意識に(?)突き飛ばしてしまうのです。

その瞬間にヒロコさんは米軍機に撃たれてしまい、畑の中をゴムまりの様に弾け飛びました。←こんな感じの表現が凄く怖かった
ヒロコさんは瀕死の重体となるのですが、その直後に戦争が終わり、なんと主人公は疎開先から都会に戻ってしまうんです。
だから、ヒロコさんがその後どうなったかは分からないままです。
おそらく自分を助けに来てくれたヒロコさんを突き飛ばして、殺してしまったかもしれないと思うと怖くて知らないままでいたかったんだと思います。

で、そんな主人公が大人になって、久々に疎開先に戻ってみると、田舎道に行列を作っている葬列に出くわすんです。
その時に、参列者の一人が持っていた遺影を見ると、なんとヒロコさん(大人になったヒロコさんの遺影)だったのです。

ここで、主人公はヒャッホーイヘ(´〓`*)ノとなるんですね。
自分が突き飛ばしたヒロコさんは、あの時死んでいなかった・・・つまり、自分はヒロコさんを殺していなかった!!
ずっと抱いていた大きな罪悪感から解放された瞬間です。

急に足取りも軽くなり調子に乗った主人公は、参列者の1人に「亡くなった女性は、体に何か大きな障害とかありませんでしたか?」みたいな事を聞くんです。
あの時撃たれたヒロコさんの具合はどんな感じだったのかを知りたかったんでしょうね。

すると、参列者はこう答えます。
「体は健康だったけど、●年前に一人娘が銃撃を受けて死んでしまって以来、精神を病んでしまっていた。あの遺影は、ちょうどその頃の元気な時の写真なんですよ。」
主人公が一気にどん底に落ちた瞬間です。
つまり、この葬列はヒロコさんのお母さんの葬列だったんです。

自分が殺してしまったかもしれないと思っていたヒロコさんは、やっぱりあの時に死んでしまっていた。
しかも、それが原因でヒロコさんのお母さんは精神を病んでしまっていたという事です。
自分が抱いていた罪悪感を遥かに越えるカウンターパンチが飛んで来て、この話は終わります。

▼私の記憶は間違っているかもしれないので、正確な話はコチラでご確認下さい。

凄い話ですよね。
多分この主人公がした事って、誰にでもありえることなんじゃないかと思うんですよ。
自分だったらどうするだろう?って考えると、答えが出ません。

そんなモヤモヤする気持ちと同時に、夏の美しい田舎の風景がパァーっと広がるお話でした。

CoccoのRainingの解釈

CoccoのRainingっというと、注目されていた部分て「髪がなくて今度は腕を切ってみた。切れるだけ切った。」という部分だったと思うんですよね。
確かに、強烈な歌詞だと思いますが、決してネガティブな歌詞ではないと思います。
腕を切ったのは「死のう」と思ったからなのに、血の温かさを感じたことで逆に「生きている」という事を実感してしまったのかなと思います。

私は全体的な雰囲気が、あまりにも「夏の葬列」と重なり、生と死を感じさせる妙な美しさがある歌詞だなとも感じていました。

Rainingは、とても大事な人が亡くなってしまった時に感じた「生と死」についての歌なんじゃないかなと思っています。
行列はそのまま葬儀のことで、白い服(喪服の反対)を着て行列に参加できずに遠くから眺めていた...つまり、大事な人の死を受け入れることが出来ないでいたのかな?と。
大事な人が亡くなってしまい悲しくて泣きたいのに、今目の前に広がる自分のいる生きた世界が美しすぎて、死とは正反対の晴れた世界だったので泣くことが出来なかった。

そんな風に感じました。

ってなことを、この動画を見てて思ってました。

この動画↓
CoccoのRaining(ライブ映像)

良い曲ですねぇ。

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